True Love 2 プライド

真実ってなんだろう。

真実って単に「まこと」であればいいだけなのに、人は唯一のものだったり反証できないものを求めようとする。

批判する人は批判する人で、絶対のものなんかない、そんな美しいものなんかないと言い張るけど、その前提自体おかしくないか?

 

真実という言葉を口にする人は皆、どんどん口ばかり大きくなり必死になって、滑稽だ。

それでも真実なんかないと馬鹿にしている人より、必死になにかを信じようとしている人の方が、断然魅力的だと私は思う。

 

『True Love 2 -プライド』を観て、私は誰に関しても、おぞましいともクズともキチガイとも思わなかった。

 

自分を正当化したい気持ちは滲み出ていたけど、そのために他人を巻き込むことを彼らはしていない。

自分をよくみせるために他人を蹴落としたり、自分の欲求について誰かに責任をなすりつけたり、味方を作って媚びたりしない。

ただただ、自分に素直で自分の欲に苦しんでコントロールできなくて、足掻いている人たちだ。

 そんな彼らがいう「真実の愛」があるのかないのか論じるのってなんかナンセンスじゃないかしら。

 

SEXが彼らの何かを埋めるのは事実だ。あんなに旦那さんを毛嫌いしていた女優だって、SEXをすると何かが埋まった。

愛人はこりごりだ、仕方なく付き合っていたという旦那が、それでも彼女を愛して何かを埋めていたのは事実だ。でも一方で奥さんのことをもうどうでもいいと思っていないのも事実だ。

 

彼らの心も身体も矛盾だらけだけど、それによって想いを否定すべきと大声で言えることの方が馬鹿馬鹿しく、嘘だ。

 

どんなに辻褄が合わなくても、突然好きになったら嫌いになったり、世界は泥臭く変わっていくのが真実じゃないか?

 

ペドロ・アルモドバル監督『トーク・トゥー・ハー』でも、極めて歪な生活や関係しかないのに、その中には 不思議なあたたかみと人間らしい愛情を確かに見る。

あれはフィクションだけど、これはそのふしぎな世界を現実世界から抽出した、とても面白い作品だと思う。

 

身体を売ったらサヨウナラ

AVと聞くとすぐさま、転落した終わりとか法に反してるとかヤバイ人と繋がってるとか…薄暗いイメージを思い浮かべるひとは多いだろう。

 

私もAVは「薄暗い」と思っているがそれはまた別の意味でだ。全く遠いところにある「怖い何か」とは思わず、むしろ手の届くところにある「牧歌的であたたかな何か」だと思う。

ただ、その「あたたかさ」は自分だけのものじゃない。だからそのあたたかさが大事になればなるほど、かえって心が変になってしまうこともある。

 

この映画では、その捉えにくい生温い闇を的確に捉えてると思った。先に述べたあたたかさと薄暗さは、AVのSEXだけがもたらすものじゃなく、人との関わり合いの中で誰しもが経験しうるものだ、ということをきちんと表していると思う。

ただ、彼女以外の登場人物の行動はあまりにもフワフワとしていて真実味というかリアリティはなくともそこに存在している感じが薄かったのが残念だった。

夜明け告げるルーのうた

見逃して後悔してたのですが、期間限定で再上映始まったので観てきました。

 

最近のアニメ作品は、単なる連続アニメの総集編とか引き伸ばしなどではなくて、実写と変わらない強度の作品が多く満足度が高い。のですが、悪く言えば実写と変わらないわけで、アニメである必要ってどこまであるの?とか思ったりもする。

しかしその中でもこの映画は、小さい頃に観ていた、慌ただしい展開にハラハラし胸が詰まり本当に心が辛くなって、最後幸せな気持ちがあふれるあの頃のアニメ映画の要素を全部ぶちこんだみたいな作品でした。

 

まさにアニメーションでしか語れないメッセージを投げてくるので、この映画のインパクトを文字にするのはとても難しい。愛とか夢とか嫉妬とか平和とかそういうのをサブリミナル効果のごとく脳に訴えてくる。

 

特によかったのは、やっぱり傘をみんなで開くあのシーン。あれは普通に考えて展開上はあそこにいた数人が開くだけでいいのだけど、傘が咲き乱れるようにたくさんの手であえて開かれることで、これが意味するところが現実社会の問題全ての解決策なんじゃないか、とさえ思えるのです。

んなこたあないとはわかりつつ、そういう物語を超えた強いメッセージがダイレクトに伝わるのがほんとうに強烈でした。また観たいなあ

Raw

失神者続出で公開すら危ぶまれるカニバリズム映画『Raw』をフランス映画祭で観てきました。

 

すると。そんなグロくもなく、どっちかっていうと悲しい映画というか、心当たりのある辛さというか…いろいろと身につまされる性春ラブコメホラー映画でした。

 

とにかく主人公の表情も行動も全てにおいて一貫性がない!

にもかかわらずロジックで心と体を制御しようとするから拒絶反応が止まらない!

 でもその拒絶反応こそたぶん彼女を彼女足らしめる核のようなものだから、手離せない!

…そういうごちゃごちゃごちゃごちゃした(他人から見たらただの気狂いな)こだわりが、、また、、(涙)

 

でも彼女はその中でもちゃんと成長して他人と関われるようになろうとして、ホントにいい子。いくらでも言い訳して誤魔化す事が出来るのに、立ち向かう姿はとてもかっこよかったです!そしてかわいい!

 

他人と関わるって大事…と反省した映画でした…広く公開した方がいいよ…

20センチュリーウーマン

カラフルな服が好きだ。

それも、重ね着とかをうまくしてかわいい服でなく、シャツとパンツとかワンピースとか形はすごいシンプルで何気ないのに、その色とその人がうまく際立ってパッと映えるような服。

 映画の中にはたまに、そういう心を離さない服が出てくる。

『20センチュリーウーマン』のエル・ファニングもまさにそう!エルファニングがかわいいからもあるけど組み合わせが最高すぎる。あんな黄色いTシャツやピンクのワンピースを私も着たいぜ…

 

この映画に出てくる人はとにかく自分のことを理解できない。

セラピストの子供だからってさも他人を理解したように話すジュリーも、実のところなんにもわからず悶々としている。(そもそも心理学なんて、人間のことがわからないから始めるやつが多いんだからこうなりやすいことを身を以て知っている…)サバサバしてかっこいいお母さんも、自由な生き方をしているアビーも、そういう自分を演じているだけで、結局自分の心のうちさえ理解出来ず苦しんでいる。

 それでもこの登場人物は全員めちゃめちゃ愛おしいし、信頼できる。こういう人たちはふつうとってもめんどくさいし、かわいさよりも陰湿さが強くてちょっと観てるだけでグッタリする(※陰湿も飛び抜けると『ヤング≒アダルト』とか猛烈最高に面白いけど!)んだけど、彼らは自分のダメなとこを素直に受け止めて考えるし、弱いとこを他人にみせる。 そして絶対他人を馬鹿にしない。自分のだめなところを人のせいにしないで、ちゃんと思い悩んでる。

当初どの登場人物も不器用で人間らしくて、なんだか自分みたい…とか思いそうになるけど、全然違う。一緒にしちゃいかん。彼らは本当に気高く、素敵で、目指すべき人間だと思った。

22年目の告白ー私が殺人犯ですー

ドラマSR~マイクの細道〜がとうとう最終回を迎える。グダグダとしているように見えながら、目が離せない瞬間があるこの不思議な映像そのものが、彼らを表しているようで愛しい。ラップなんて全くわからないのに、この世には上手いか下手とかを超えて大切な音楽があることがなぜかわかる(ような気になる)。大好きなバンドに感じる気持ちと同じ気持ちを、このシリーズにも感じる。(日々ロックは私にとっては完全に愛するバンドの映画と思ってるし)

 

入江悠監督の映画はいつも自分にとって関係ない世界や、さして興味のない話でも、なぜか腑に落ちてしまう、納得させてしまう強い力がある。

 この映画では、使用されるモノへのこだわりはもちろん、22という文字やファッション、髪型、ちょっとした配置などすみずみまでホント隙がない。

その隙のなさは、フィクションであるはずの映像をリアルにするだけでなく、見聞きはしても体感していない実在する過去の事件の数々を、あたかも"思い出した"気にさせる。

 

面白いクライムサスペンスは数多くあってもそれは面白いドラマを傍観してるに過ぎないことが多い。

でもこの映画はもっと当事者として事件に巻き込まれるような、自分ごととして考えないといけないような、引力の映画でした。

美しい星

最近、孤独な人の映画をたくさん観てる。『ムーンライト』、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』、『はじまりへの旅』、『20センチュリーウーマン』などなど。

まぁ映画なんてどれも孤独な人に寄り添ってるものだとは思うけれど、今年は「別に何か大きな事件が起きたわけでもないけどただ平凡に孤独な人たち」にフォーカスを当てた作品がとっても多い気がする。

そしてその中でも突出して孤独に飲み込まれた映画はこれでした。

吉田大八監督作『美しい星』。

ここの家族は皆似ている。みんな「かっこいいことを言いたいひとたち」だ。

しかも、夢見がちなとんだカス野郎というほどではなくむしろきわめて常識的な見識もあり、かつ世迷言を言ってもけっこうサマになっていて認めてもらえる手前まできているけれども、微妙に届かないひとたちだ。

そこに偶然にも言ってほしいことを言ってくれるひとがゾロゾロ現れて、とうとう特別な自分になれるかも、なりたい、なるんだ!…と奔走する。

この映画はとんでもなくカルトで奇抜で意味不明な映画に見えて実は、ほんとうにほんとうにあたりまえのにんげんの気持ちを描いてる。

だから劇中のおかしな展開に笑いながらも 、

『「あなたは特別」「あなたは選ばれた」そう言ってもらったとき、おまえは狂わないでいられるのか?いられないよな?というか選ばれないおまえはよっぽど救われないんじゃないのか?』

…という問いが頭の中で何度も繰り返され、どうしていいかわからない感情になった。

結局この家族は誰にも選ばれていなかったと私は思うけど、でも同時に生まれた時から選ばずとも選んでいた「家族」という者達が、実は一番身近にいたことを知ることになる。

それは最高のハッピーエンドだけど、裏を返せば彼らにはいつかは離れ行く家族以外、周りにいないのだ。

一人になっても、認められなくても、裏切られても、それでも生きていく力。それを自分で掴み取る方法は自分だけで考えなければいけない。

美しい星はそんな途方もない孤独と対峙しながらも全部受け入れて前を向くようなたくましい映画でしたた。